ハーフ妻と帰国子女夫のワンダーラスト日記

ブータン生活、デュアルキャリアカップル、遠距離恋愛、別居婚、アイデンティティ、言語など

本屋のおばあさんの話

大学生の頃、近所の本屋さんでバイトをしていた。

 

小さな本屋さんでお客さんはさほど多くなかったが、近くに住んでいるであろう常連さんが何人かいた。その中でも伊藤さん(仮名)は60代か70代くらいのおばあさんで、他の多くの高齢者がそうするように、新聞の書評欄の切り抜きを持って、「この本ある?」とちょくちょくお店に現れた。とても話好きで、店員にもがんがん話しかけてくるタイプのおばあさん。話といっても「今日は天気がいいですね」といったほのぼの系ではなく、政権批判や毒づく系の人。長話は店長が相手と決まっていたが、たまにレジに立ったときに私も捕まったりして、営業スマイルでうんうん聞いていた。

 

その日は何かの本があるか聞かれて、なかったから取り寄せるということになった。よくあることだ。予約票を書きますね、と伝えたところで、伊藤さんは「中国人は嫌ね」と言った。その本が中国人に関する本だったのかどうか今となっては覚えていない。その頃(まあ今もだろうが)、中国人とか韓国人とかへの悪口を特集した週刊誌(あえてこう書く)が毎日入荷されてきて、私も開店前に本棚に並べてた。

 

その言葉に続いて伊藤さんは今中国人が日本国内でどんな悪いことをしているのか、そしてそれによって自分たち日本人がどんな迷惑を被っているのかについて私に話した。そして全て言い切った後、思い出したようにこう付け加えた。

 

「あなた日本人よね?」

 

そう聞かれた瞬間、私は困った。「日本生まれの日本育ち、ただ母が台湾人」は、この人の言う「日本人」基準をクリアしているのだろうか。そもそもこの人は一体なにをもって人を「日本人」認定しているのだろうか。世の中の人は全員ぱきっと「○○人」と括れると信じて疑わない人に対して、ニュアンス(境界線)に立つ存在を、一体どう説明すべきなのか。

 

結局、私は曖昧に笑って、そうですよ、と答えた。パスポートと国籍は日本だからOKということにした。

 

今でも思う。ここでもし私が、「在日三世です」とか、「北京出身です」とか、はたまた「母が台湾人です」などと答えたら、あの人は一体どんな顔をしたのだろうか。私に一体どんな言葉をかけるつもりだったのだろうか。

 

もしも、もう一度会う機会があったらぜひ尋ねたい。そんな機会は訪れないだろうけれど。まあそんな機会ない方が良い。あの頃よりも人の波に揉まれ、人の悪意にも晒され、幾分強くなった私には、次はたぶん、ただ一言「うるせえ、黙ってろ」としか言えないから。